お祭りは7月にある。
昼間、
子供シャギリ(も行われる。夜の抽選は子供が楽しみにしている。大きな景品が魅力である。
第六尊天の由来
仏教を守護する神として平安時代に日本に伝わったが、全国的に知られるのは戦国時代になってからである。既存仏教を破壊した織田信長は自ら「天魔王信長」と自称して第六天を信仰した。 信長亡き後、その信仰は
小田原(北条家へと広まっていくが、徳川幕府成立後は伊豆、相模、武蔵の地方都市や農村部に定着した。
幕府の安定に伴い「仏教を守護する神」から七福神などの同類とみた民衆は「新道の第六天神」に変身していった。 廃仏毀釈やアメリカ軍の政策の中、各地第六天は急
速(に消滅していってしまった。
小田原(北条家の氏寺であった祐泉寺は江戸・明治の無住の時代でも、旧市ヶ原・二日町の有力な商人の庇護のもと第六尊天信仰と一体となり、維持されてきた。「社」こそ小さいが旧市内の祭典と同じくらい盛んで、現在まで伝わってきている。 祐泉寺